司法書士の仕事と家族信託の活用事例(認知症対策型)
2017/05/08 老後
みなさまは、司法書士にどういったイメージをお持ちでしょうか?
自宅購入時に銀行で会った人、会社を作るときに依頼した人、相続時に税理士から紹介された人といった感じでしょうか?
借金問題を整理する人というイメージもあるかもしれませんね!?
ちなみに、よく間違われますが、漫画やドラマで有名な「カバチタレ」は行政書士で、司法書士ではありません!
目次
1.司法書士はこんな仕事をしています
司法書士の伝統的な業務 - 登記 -
司法書士の業務では、伝統的で現在も主流なのは登記です。
自宅購入の際は不動産を、会社を作った際は会社を法務局で登記します。
おそらく司法書士と言えば登記をイメージされる方が多いと思いますし、司法書士会でも「登記は司法書士」をキャッチコピーにしています。
ほかにも様々な業務
そのほかの司法書士業務としては、
超高齢社会の下、家庭裁判所では捌ききれなくなりつつある成年後見業務や、
訴額が金140万円以内の簡易裁判所での民事裁判業務、
相続業務全般を行う遺産整理業務などもあります。
家庭裁判所から成年後見人に一番多く選任されている専門家は司法書士で、私も10名前後の成年被後見人のお世話に携わっています。遺産整理業務は需要が高まっている業務で、預金相続手続きを中心に、不動産の相続登記に限られないご依頼が多くなっています。
私は司法書士になってから10年以上過ぎましたが、開業以来ずっと不動産や会社法人などの登記業務が中心で、登記業務を核として成年後見業務や不在者財産管理人選任手続き、失踪宣告等の家庭裁判所に関する業務や企業法務、遺産整理業務などを行っています。
複数の業務を必要とする者も多い
近年は、複数の業務を必要とするご依頼も多く、
例えば、相続登記の依頼を受けていたところ、法定相続人の1人が認知症などで判断能力がなく、家庭裁判所で成年後見人を選任しなければならない案件、
法定相続人の1人が行方不明で、家庭裁判所で不在者財産管理人を選任しなければならない案件も増えています。
これらの手続きは、多くの時間や労力が必要で、依頼者からは敬遠されがちですが、判断能力がない者や行方不明の者に承諾を求めることができない以上、残念ながら定められた手続きで進めるしかありません。
2.注目を集めている 「家族信託(民事信託)」
ところで、上記の業務に加えて、近年、にわかに注目を集めているのが、家族信託(民事信託)です。信託と言っても信託銀行が行う商事信託とは異なり、家族信託は、信託業法の免許を有していない者に財産を託すことができるものです。
家族信託での登場人物は、財産の所有者として財産を託す人である委託者、
所有者から財産を託される人である受託者、
託された財産から利益を受ける人である受益者の3者がいます。
しかし、多くの信託事案では、委託者と受益者が同じことが多いので、事実上、信託契約の登場人物は、委託者(兼受益者)と受託者の2者となります。
なぜ 「家族信託」 なのか
それでは、なぜ家族信託が近年、注目を浴びるようになったのでしょうか?
それは、家族信託の機能によるところが大きいと思います。信託は、財産を信じて託す仕組みであり、契約により財産の処分権までも託することができます。そして、信託は、契約が終了しない限り、契約書に記載されたとおりの効力が続きます。
つまり、いったん有効に信託契約が締結されれば、その後、財産を託した委託者兼受益者が認知症等で判断能力がなくなったとしても、財産を託された受託者が、契約で定められた権限の範囲内で、財産を管理運用処分することができるのです。
認知症対策としての 「家族信託」
例えば、高齢の父親が委託者兼受益者、長男が受託者となって、父親の自宅や預貯金などの財産を信託して、受託者である長男に財産を管理運用処分する権限を与えれば、
その後、父親が認知症になって判断能力を失ったとしても、受託者である長男が父の自宅を処分して、売却代金を父の施設入所費用に充てることができるのです。
ほかにも、様々な場面で 「家族信託」 が注目されている
家庭裁判所が関与する成年後見等では自宅売却に多くの困難を要するところ、家族信託ではスムーズに行うことができるのが大きな特徴です。
そのほか、障がいを持つお子さんがいらっしゃる家庭、
子どもがいない夫婦、
戸籍上の夫婦になれないカップルなど、
様々な場面で家族信託が注目されています。
3.家族信託の活用事例 - 認知症対策型 -
さて、前項では、家族信託の仕組みについて簡単にご説明しましたので、ここからは、その活用事例をご紹介したいと思います。
実務でおそらく一番ニーズが高いと思われるのが、認知症対策型と呼ばれる類型です。これにより、所有者が認知症になって判断能力を失った後であっても、不動産を管理運用処分できるようにしたいというニーズに応えることができます。
例えば、実家で一人暮らしをしていた父親が、高齢で一人暮らしを続けることができなくなったため、施設に入ることになったとします。
父親は、実家を所有し、年金生活で収支は安定しており、預貯金もあり、日常生活を過ごすには問題がない。心身ともに健康ですが、一人で生活するには不安があるという状況です。
この場合、実家を売却してから施設に移ることは少なく、必要になったら売却を考えようという方がほとんどです。父親からすれば一生懸命に働いて建てたマイホームですし、子供も自分が育った家で思い入れがあり、特に金銭的に必要に迫られているわけでもない状況で、売却という考えに至らないのは当然かもしれません。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
施設入所後は、加齢も手伝って、父親の判断能力はだんだん落ちていくのが通常です。そして、預貯金も目減りし、そろそろ実家売却をと思ったときには、父親はすでに認知症のため、売却できないことになってしまうのです。
所有者が判断し、売買契約を締結しなければ、不動産を売却することはできませんので、認知症により判断能力を有しない場合は、実家は、家族が住むことはできても、売ったり、貸したりはできないことになります。
「成年後見人」という方法では・・・
この場合、家庭裁判所で父親の成年後見人を選任して、財産管理をしてもらうという方法がありますが、成年後見人は本人の財産を守ることが仕事ですから、不動産の売却には慎重です。
しかも、自宅の場合は、成年後見人は、家裁の許可がなければ、売買契約そのものを締結することができません。また、売却許可の審判には、家裁に様々な資料を提出し、売却の必要性を主張しなければならず、相当の労力と時間が必要です。
「家族信託」という方法
そこで、父親が元気な間に、父親を委託者兼受益者、子供を受託者として家族信託契約を締結し、実家の管理運用処分の権限を子供に移してしまうのです。
これにより、受託者である子供は、自己の判断で実家を売却し、父親が幸せな余生を過ごすのに必要と思われる費用に使うことができます。父親は、自分の財産の範囲内で子供に世話を頼むことができ、子供は、父親が残された人生を不自由なく過ごすためのお手伝いをすることができます。
また、自宅が空き家のまま放置されることもなくなり、認知症の所有者が亡くなるのを相続人が待っているという悲しい事態を避けることもできます。
同じように、高齢になった不動産オーナーが、子供に収益不動産の管理運用処分権限を託す場合にも利用できます。
これも、オーナーが認知症等により判断能力が低下する前に子供に権限を移すことで、不動産賃貸業務を止めないことができ、また、オーナーは、収益を受け取り続けたまま、子供に賃貸業務を譲って、引退することができます。
子供も、親が元気な間に管理業務を引き継ぐことで、親に相談しながら賃貸業務のノウハウを学ぶことが可能です。不動産業者にとっても、オーナーが元気なうちに、子供と親交を深めつつ、引き続き管理業務を請け負うことが可能となります。
上手に活用したい 「家族信託」
このように、上手に活用すれば、大きなメリットがいくつも見込まれるのが家族信託です。近年、その知名度は爆発的に高まっているものの、まだまだ依頼者の想いに応えることができる専門家は少ないと言われています。家族信託が、依頼者の想いに応える選択肢の1つとして、正しく普及するためのお手伝いを続けて行きたいと思います。
橋本司法書士事務所 橋本 雅文
相続業務や成年後見業務を通じて、「争続」場面での無力感や成年後見制度の限界を感じているときに家族信託普及協会を知り、家族信託が突破口となる可能性を感じる。同協会代表理事宮田浩志司法書士と同協会顧問河合保弘司法書士の家族信託第一人者の両先生に師事し、九州での家族信託普及に尽力している。
司法書士法人ソレイユ代表河合保弘司法書士が、正しい家族信託の普及を目的として結成したソレイユ九州のメンバーでもある。